のせびより株式会社 能勢びより

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私たちは、おおさかのてっぺん(最北端)能勢町の特産品「銀寄(ぎんよせ)」をはじめとする能勢栗製品で、より豊かな食文化に貢献する「栗の専門店」です。

会社概要

すべては能勢の栗との出会いから始まりました―

会社概要

会社名
株式会社 能勢びより
代表者氏名
相川 道子
所在地
〒563-0352 大阪府豊能郡能勢町大里177-5
資本金
1,000万円
設立
2016年(平成28年)12月21日
事業内容
  1. 農産物の加工及び販売
  2. 菓子、加工食品、冷凍食品、水産物類、酒類、塩、清涼飲料、果実飲料、調味料、その他の食料品の販売及び輸出入
  3. 農山村体験型観光(グリーンツーリズム)の企画、運営又は開催
  4. 地域特産品を活用した新商品の企画、開発及び販売
  5. 講演会、セミナーの企画、運営又は開催
  6. 料理教室、農産物加工実習の企画、運営又は開催
  7. 飲食店業
  8. 通信販売事業
  9. 食品製造事業の管理
  10. 前各号に掲げる事業に附帯又は関連する事業
主要取引銀行
池田泉州銀行 能勢支店
JAバンク 能勢支店
ゆうちょ銀行 能勢支店
取扱品目
主に能勢町の特産物である銀寄および能勢栗、それに関する加工品全般
地元野菜および加工品 その他
Webサイト
http://www.nosebiyori.co.jp/(コーポレートサイト:このサイトです)
http://www.nosebiyori.com/(弊社栗製品の通販サイト)
お問い合わせ先
info@nosebiyori.com

企業理念

「能勢栗パウダーで日本に新しい食文化を」

社是

共存共栄 地道な努力 人生二度なし

・すでに在るものを最大限に活かすこと
・出来ない理由を探すんじゃなくて できる方法を考えよう
・「努力する者夢語る サボる人間愚痴語る」夢語り合い実現に向かえる仲間と歩いていこう

沿革

平成26年(2014年)7月
創業者の自宅の一角に農産物加工製造工房を新設
乾燥機・粉砕機・防湿庫等設備の導入
食品衛生責任者資格取得
乾燥野菜、米・野菜・栗パウダーの試作開始
平成27年(2015年)5月19日
農産物加工業「能勢びより」として開業届提出
平成27年(2015年)7月
全国商工会連合会による小規模事業者持続化補助金に弊社栗パウダー事業が採択
平成27年(2015年)10月・11月
能勢妙見山「のせでんアートライン2015」に出店
新しく完成した栗パウダー製品の試食・モニタリングアンケートを行い好評を博する
平成28年(2016年)2月
能勢町主催「ビジネスプランコンテスト」にて弊社栗パウダー事業が奨励賞を受賞
平成28年(2016年)3月
豊能町妙見口駅前の食事処/土産品店「かめたに」様において初めての栗パウダー製品委託販売開始
平成28年(2016年)10月
公益財団法人「おおさか地域創造ファンド」に弊社栗パウダー事業が採択
平成28年(2016年)10月
菓子製造および農産物加工所兼店舗を能勢町大里に開設
当店舗にて菓子製造・飲食店営業許可取得、事業所構築開始
平成28年(2016年)11月
能勢町の観光スポット「妙見山上商店」様「道の駅くりの郷」様へ栗パウダー製品の委託販売開始 
「道の駅くりの郷」様で提供する「能勢栗焼きドーナツ」が健康に意識の高い方をはじめとして人気商品となる
平成28年(2016年)12月21日
「株式会社 能勢びより」として法人登記
栗パウダーという西洋にあって日本にはない食文化を定着させ、今までになかった新しい食の未来を歴史ある能勢の里山から全国へ発信し、より豊かな食と社会発展へ貢献する企業を志し法人化
能勢の原産種である銀寄、能勢栗を使用した栗パウダーを使用し更なる製品開発及び販路拡大・地元雇用創出を目指す
平成29年(2017年)3月
全国商工会連合会による小規模事業者持続化補助金に弊社栗製品製菓事業が採択
平成29年(2017年)3月
地方独立行政法人 大阪府立環境農林水産総合研究所による「大阪産(もん)チャレンジ支援事業」に弊社栗製品事業が採択
平成29年(2017年)4月
加工所を開放したカフェ「noseguri CAFE のせびより」OPEN

ご挨拶

私は2011年の6月に主人の転職を機に、横浜から家族で大阪・能勢町に引っ越してきました。
トンネルを抜けて目にした美しい里山風景に心躍ったことを、昨日のように思い出します。

能勢は「銀寄(ぎんよせ)」という栗の原産地でした。「銀寄」栗はかつて、飢饉から村民を救ってくれたといいます。
母のように、神様のようにありがたい栗。
私は遠くなった友人や親族にこの町の素晴らしい栗を送ろうとしましたが、立派な栗は飛ぶように売れてしまい、地元でもなかなか手に入らないのでした。
そうかと思えば、小さい栗はたくさんありました。皮をむいたりスペースを取ったり、早く下処理をしなければ虫が食ってしまってダメになる。手間がかかるために敬遠されがちなのです。そのようにおっしゃる栗農家さんの悲しそうな顔を見て、私は思いました。「小さいだけですごく美味しいのにもったいない」それから「このひとを、笑顔にしたいな」。

東日本大震災のあと、高校を卒業するまで暮らした生家のある福島県に入り、物流が止まったなかで二日ほど過ごしました。いつものコンビニでさえ、食べ物も何も全くお店にないのです。その恐怖は相当のものでした。たった二日なのにです。幸い自分自身は生家に何かしらあったので、気持ち的には相当助かりました。同時に、畑や土があるって強いなということや、保存食や簡易食のありがたさ、それらを活用・調理するノウハウが大事なことも知りました。
そういう想いをしたこともあり、色々とても考えさせられました。食べ物を大事にしなければならない、ものを大事にしなければならないという気持ちが一層大きくなったのです。

栗農家さんが一生懸命収穫して下さったこの栗たちを何とか活かす方法はないだろうか。この栗が活用できれば農家さんの笑顔が見られる。農家が元気になれば町全体が活気づく。これはいいことスパイラル! ワクワクしてきました。
考えて考えて、省スペースで虫の害もなく常温で日持ちもする、栄養価も高く消化吸収が良く美味しく頂ける、災害時に保存食としても有用なものとなり得る、「栗パウダー」に加工することを思いつき、試作に入りました。これが「能勢びより」の原点です。
パウダー事業は色々な方のご協力を頂いてどうにかカタチになりノウハウも蓄積されていき、品質向上のための試行錯誤を地道に続けてこれました。

これまで私は(今も)webやDTPなどデザインの仕事をフリーランスでずっとしてきました。雑誌の編集社やゲーム会社でも働きました。いろんなアイデアをカタチにしたり、表現するものづくりが好きなのです。
私にとって仕事とは人生です。分けて考えたことは一度もない。自分がやりたいことだけ仕事にしてきました。
だからずっと、仕事のことを考えてワクワクしています。問題があったら、解決のために知恵を絞ります。「生みの苦しみ」的なこともあるけどそれもまた楽しい。失敗なんて数えきれないけれど、それだって次に活かせる糧になるのだから、いつも楽しんで仕事をしています。根っからの現場主義、職業婦人なのですね。
デジタルなものづくりからアナログへ。データから、農産物へ。
とはいえ、私の生家でもかつては祖母が田んぼや畑を作っており、よくお手伝いもしていましたから、そんなに違和感はないのです。5才のときに、稲刈りを手伝って鎌で切った指の傷あとは今でも私の勲章で、祖母との大切な思い出です。
とにかく、以前からのスキルも活かせるし、コツコツと積み上げる、出来上がる。これが喜びです。収穫の喜びに通じるものがありますね。

余談ですが、「何故、能勢のために頑張ってるの?」そんなことを訊ねられることがあります。
正直に申し上げますと、まずはあきりきたりですが、栗を含め能勢の里山が好きだから。
道路にカメが歩いている、サワガニもいる。鹿が出てきてスリルを味わえたりもします。大阪というと街のイメージがありますが、京都・神戸・大阪など3つの主要都市にも近い田舎。いいところです。この里山でたくさん助けて頂いたから、この土地にご恩を返すのは当たり前なのです。子育てに関しても大きな力を頂いています。おかげさまで待機児童問題も関係なく働けていることはありがたいことです。
そしてもう一つ、傲慢に聞こえるかもしれませんが、「自分が世界の中心だから」です。
誰だって、自分が人生の主人公。自分が自分の世界を、周辺環境をより良くしていく努力をするのは当たり前。誰かに何とかしてもらうだけじゃなく、自分も精いっぱいの努力をする。仕事のことも家族のことも、全部そう。特別なことじゃないです。ご縁ありお導きを頂いて此処におりますが、それは何処に居たって同じことです。

人間というものは、好きなことにしかチカラを使うことはできません。
好きだから頑張れる。
それが自分のためだけじゃなくて誰かのお役に立てることであれば、必ず応援してくれる存在、つまり人や環境が調う。それを天のたすけ、即ち「天佑(てんゆう)」といいます。社会に尽くせば社会から返ってくる。人はすべてのものと繋がっているからです。


ひとの一生はあっという間です。明日どうなるかわからない。だからこそ、今の一分一秒を大切に、自分のいのちを精一杯活かして他のお役に立ち、一喜一憂せず、感謝と感動の毎日を過ごしたいものです。

能勢びよりは着実にそして地道に歩み続ける企業です。
何卒宜しくお願い申し上げます。

代表取締役 相川 道子


もう一つの活動 ―日蓮宗 教師 相川 妙勇(みょうゆう)として―

お釈迦様の教えを戴き世の中を照らすひとつの灯りとなる志をたて、家族はじめ色々な方の協力を得て、平成28年6月、日蓮宗の僧侶となりました。
僧名「妙勇」は、日蓮宗入信のきっかけとなった、勇ましかった私の祖母と私の気質が似ているからと師匠が付けてくださったものです。

  • 平成22年2月16日 結婚出産をきっかけとして僧侶を志し得度
  • 平成22年10月8日 度牒交付を受け日蓮宗の沙弥となる
  • 平成28年6月 日蓮宗の最終義務教育「信行道場」を成満し正式に日蓮宗教師(僧侶)となる

「義を見てせざるは勇なきなり」

お釈迦様はいつも見ていて下さいます。あなたのことも、ちゃんと見ておられます。良いところも、そして悪いところも見ておられます。
これはある意味こわいことでしょう。おかしなことは、できないでしょう。
でも人だから間違うことはあります。間違ったら正せばいいのです。それだけのことです。間違いに対して、寛容で優しい目を向けてくださるのがお釈迦様でありお釈迦様の教えです。

それを念頭に置きつつ、なるべく間違えることのないよう常に精進を重ね、いつでもどこでも、何をしていても教主釈尊と“妙勇”という名に恥じない働きをすることが、僧侶としての私の信条でございます。

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  • ▲能勢びよりofficialブログ
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